#7 裕子とネットショッピング
#7 裕子とネットショッピング



ママ、なにしてるの?





お買い物よ





おかいもの?





うん





ネットショッピングっていってね、パソコンで買いたいものをえらぶと、それがお家に届くようになってるのよ





すご~い。今日はカバンを買うの? いっぱいあるね





そうよ。これだけあると、どれを買おうか迷うわね





そうね、確かにいっぱいあるわ





でも……





でも?





たくさんあることが、必ずしも良いこととは限らない。ただ無駄な情報に振り回されて、自分にとって本当に必要なものを見失っている可能性だってあるのよ





ゆ、裕子……?





インターネットを使うことで選択肢が広がったと、世間の人たちは喜んでいる。でもその中には、全く不必要な情報まで含まれていることも多いのよ。その中から欲しいもの選別するのに余計な時間をとられるのは、本当に進歩と言えるのかしら





私たちは情報の海におぼれないよう、もっと注意深くインターネットを扱うべきだと思うの……





あ、あなた! 裕子がパソコン使ったことないのに、とつぜん情報の海とかって……あなた!


#8 裕子とSNS



ママ、なにしてるの?





SNSよ





えすえぬえす?





パソコンで色んな人とおしゃべりできるの。ほら、これがママ





わ〜、かわいい。他にもいっぱいいるね





パソコンの中にママの分身をつくって、周りの人とお話しするの





北海道とか沖縄とか、遠くにいる人とも好きなだけお話しできて、楽しいわよ





確かに楽しそうね





でも……





でも?





遠くの人たちと話せるようになったことで、逆に近くにいる人との関係が希薄になっていないかしら





SNSで話すにはインターネットが必要。なら、ネットをあまり使わない人はどうなるの





裕子……?





インターネットが普及したことで、距離の壁は無くなった。でもその代わりに、ネットを『使う人』と『使わない人』という新たな壁ができたわ





日本中の――世界中の人々とコミュニケーションをとれるのは素晴らしいこと。でもそのせいで、パソコンを使わない身近な人との関係がおろそかになるのは、賢い使い方といえるのかしら。SNSの長所と短所を正確に理解しなければ、私たちは結局狭い人間関係しか築くことができないと思うのよ……





あ、あなた! 裕子がいきなり、新たな壁ができたとかって……あなた!


#9 裕子とスマートフォン



ママ、これ買ってこれ買って!





だ〜め。裕子にはまだ早すぎます





中学生になったら買ってあげるからね





それじゃ遅いよママ。友達みんなもってるのに





よそはよそ。うちはうちです





だいたいスマホなんて、一体なにに使うの





だって、スマホだったら色んなゲームができるし、いつでもどこでも遊べるもん





みんな、ひまなときはいつもスマホでゲームしてるって言ってるよ





そんなことだろうと思った。ゲームなんかするためにスマホを買うんじゃありません





ゲームだけじゃないよ。スマホなら、パソコンみたいにたくさんの情報が、いつでもみれるんだよ





それでもだめよ





買って買って買って買って!





だ〜め!





買って買って買って買って――





やっぱりいらない





えっ





余計なソフトがたくさんついたスマホなんて、くだらない代物だわ。なんで私、こんなものほしがったんだろう。考え直すとバカみたいだわ





ゆ、裕子……?





空いた時間を有効に使える。いつでもどこでも遊べるっていうのは、便利なように思える。でも、なぜいつでも遊ばなければならないの?





私たちはわずかな時間をも、何かをするために使おうとしている。でも、何もしない時間が、本当に無駄な時間だといえるのかしら。ゆっくり思索にふけって自分を見つめ直す時間だって、とても大切なはずだわ





脅迫観念にかられて余裕を無くし、有効な時間の使い方を錯誤していることに、私たちはもっと気づくべきじゃないかしら





あ、あなた! 裕子が脅迫観念にかられてとかなんとかって……あなた!


#10 裕子と天上界からの使者



裕子





なーに?





正直に答えてね。裕子、いま何か悩み事とか、ない?





なやみごと?





ええ。学校のこととか、友達のこととか。うまくいってる?





うん。先生は優しいし、友達もみんないい人ばっかりだよ





そう……。ママやパパにも、気に入らないこととかない?





うん……ママ、どうしたの。何かあったの?





裕子、最近ママとお話してると、急に大人びた話し方になるときがあるから、どうしたのかなと思って心配なのよ





?





覚えてない? ほら昨日も、最初はスマホがほしいって言ってたのに、急にまじめな顔になって『いらない』って。そのあと、脅迫観念がどう、って……





ママ、裕子が別人になったみたいで、怖かったのよ





――フフ





裕子?





何の話かと思ったら、そんなこと……。私にとっては、たいした話ではないわ





ゆ、裕子……





そうよ。ママの言った通り、いまの私は別人。違う人格なの





この世界をより良く、より平和なものにするために、神様が遣わした天上界からの使者。それが私





な、なにを言ってるの、裕子……?





この世にはびこる偽りの平和を正し、本当にこころから安心して暮らせる世界に人々を導くのが、私に与えられた使命なの





これまでママの一人娘として振る舞ってきたけれど、どうやら今日でそれも終わりみたいね





終わりって、どういうことなの――。正気に戻って、裕子!





日本にいると忘れそうになるけれど、世界はまだまだ平和とはいえないわ。私には聞こえる。毎日苦しんでいる人達の嘆き悲しむ声が





アジア、アフリカ、南米……世界中の人々が、私を待っている。――行かなければ





裕子!





ごめんね、ママ。今までありがとう。ママと一緒に暮らせて、楽しかったわ。パパにもよろしくね





うそ――うそよね、裕子? 行っちゃだめよ。行かないで、裕子!





さよなら、ママ


リビングから出ていく裕子。



待って、裕子!


それを追いかけてリビングから玄関に出る母。
だが、そこにはもう、裕子の姿はなかった。



裕子……裕子ーー!!


#11 裕子と背伸び



うそよ





えっ


母が振り返ると、玄関とは反対の廊下に裕子が立っていた。



全部うそよ、ママ





なによ、天上からの使者って。そんなバカバカしい話、あるわけないじゃない





裕子……





心配そうな顔をしたママをみて、ちょっとイタズラしてみたくなったの。ごめんね、マ――


母はとつぜんしゃがみこむと、裕子をきつく抱きしめた。



ママ……?





よかった……。ママ、裕子が急にいなくなったらと思うといてもたってもいられなくて、毎日不安だったのよ。





もしかしたら、何かがとりついたんじゃないかって、心は全く別の人になってしまったんじゃないかって……冗談みたいだけど、本気で心配したのよ……


泣き出す母。



ママ……





裕子はママの子よね? なら、もうどこにも行かないって約束して。ね……?





――うん、分かった。絶対どこにもいかないから。ごめんなさい、ママ。泣かないで……





裕子……裕子……


しばらく続く嗚咽。



……お夕飯つくらないとね。パパが帰ってきちゃうわ





宿題は先にすませておきなさい





……うん


母がキッチンに向かう。
廊下には、裕子一人だけ。



……私って、そんなに大人びているかしら





周りのクラスメートが子どもっぽ過ぎるのよ。冷静になって考えてみればいいのに、みんな欲に負けて愚かな行動ばかり繰り返してる





でもこんなこと言ったって、いままで誰にも通じなかった。『裕子ちゃん、背伸びしすぎ』って言われて。そんなつもりは少しもないのに……。だからいつも、私はみんなにあわせて子どもっぽいフリをしているの





でも――そろそろ限界だわ


裕子は悩ましげにため息をついた。



ああ、早く大人になりたい……。中学も高校もすっとばして、さっさと社会に出たいわ。あと十年も子どもらしくふるまわなければいけないなんて、耐えられない





私は一体、どうしたらいいんだろう。だれか教えてほしい――


裕子はリビングに戻っていく。
小学生には似合わない、諦めと憂いをたたえた表情のまま。
#12 エピローグ?



ただいま〜





おかえり。早かったわね





うん。終業式が短かったから、早く帰ってこられたの





そう。今日で一学期も終わりね。明日から夏休みよ





うん、楽しみ! ……でも友だちに会えなくなるから、ちょっとさみしいかも





いつでも遊びにいけばいいじゃない。それより宿題、何が出たの





国語は読書感想文でしょ。算数はドリル、理科は自由研究、社会は、新聞の記事を集めるの。あ、日記もかかなきゃ





たくさんあるわね。また夏休みの終わりに残したりしちゃいけないわよ





そんなことしないもん。去年だって二十日くらいにもう全部終わってたもん





そうね。裕子はえらいわ。今年もその調子でね





はーい





…………





…………





…………





…………





……どうしたの、裕子





えっ。なに、ママ





今日は気分でも悪いの……?





ううん、悪くないよ。どうして?





いつもの裕子なら、ここで





『でも……休むための期間なのに、なぜ勉強をしなければいけないのかしら。メリハリのない生活は、かえって非生産的だわ』





とか言うのに……





?





そんなこと言わないよ?





無理しなくていいのよ裕子





『働き詰めることが当たり前、休むことに罪悪感を感じる日本人の性質は、こういうところから形成されるのじゃないかしら』





って言いたいんじゃないの? ママ、全部受けとめる準備、できてるから。さあ、言って!





……あの、ママ。勘違いしてると思うんだけど――





あ、あなた! 裕子がいつもと違うのよ、あなた!


父を呼びにいく母。



…………





せっかく気をつかってだまっていたのに……逆効果ね


母の走り去った廊下を、裕子はじっとながめる。
ながめつつ、裕子は思った。



……まあ、いいか


なぜか、裕子はフッと笑う。



さ、夏休みはどうやって過ごそう。ドストエフスキーの長編でも読もうかしら。それとも、素粒子理論について一から勉強してみようかしら





小学生は時間だけはたっぷりあるから、どう使うか迷うわ……


裕子は考えながら、自分の部屋に戻っていく。
少しだけ、胸のわだかまりが薄らいでいるのを感じながら。
→夏休みへ
あとがき
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
私生活の影響で本編の小説の方がなかなか書きあがらないため、生活の合間に携帯で書き、ストリエ用に改築したのがこのお話です。
作品、と呼ぶにはおこがましい代物です。携帯を打つのが遅い私でも気楽に書けるような超短編にしようとこういう形にしました。シュールさ「だけ」を狙って書いたつもりですが……いかがでしたでしょうか。
裕子さん――なぜか「さん」付けしたくなります――は、十歳なのに落ち着き具合がハンパじゃない、大人びたというかすでに大人な小学生。その態度に母親が毎回戸惑うという、ある種コント的な雰囲気で進めました。
このお話の続編はまだ全く考えていませんが、携帯で書くメリットは大きいと感じたので、前向きに検討したいと思います。



前向きに検討するなんて、政治家的な発言はいかがなものかしら。やるともやらないとも言わない日本人特有のあいまいな態度があなたにも染み付いてるわね





でもそんなことで、読者は本当に納得するのかしら


……すみません、裕子さん。
