祭りの日までの間、コーラルはそれまで通り準備を手伝った。
料理をつくり、晴れ着の仕立てを手伝い、髪飾りを手がけた。
使者は用件だけを告げ、戻っていった。
彼らの言葉を、コーラルは誰にもいわなかった。
とくにラトゥスとライバ、そしてライオネスがしきりに尋ねてくる。
彼らは不安顔を隠さなかったが、コーラルは口を割らなかった。
祭りの日までの間、コーラルはそれまで通り準備を手伝った。
料理をつくり、晴れ着の仕立てを手伝い、髪飾りを手がけた。
使者は用件だけを告げ、戻っていった。
彼らの言葉を、コーラルは誰にもいわなかった。
とくにラトゥスとライバ、そしてライオネスがしきりに尋ねてくる。
彼らは不安顔を隠さなかったが、コーラルは口を割らなかった。
祭りの当日には雪が降った。
初雪である。
赤を神色とする祭りだ。
赤を生えさせる白い雪片に、村の面々は沸いた。
成人たちを祝う儀式を遠目にコーラルは見物していた。
すでにラトゥスは居場所をドゥルザ医師のかたわらに移している。
母子ほどに歳が離れているが、ラトゥスと医師は気が合ったようだ。
残念なことに、ラトゥスの足は癒えたと見えて、痛みが根強く残っている。
医師たっての願いもあり、ラトゥスはこのまま彼の家で家政婦として働くことになりそうだった。
祭りも進み、みなが広場に集まっている。



鐘が鳴ったら、祈りを捧げるんだ。願いごとがかなうっていわれてる


横からライオネスが耳打ちする。
コーラルはなにを願うか迷った。
どうしたらいい――迷うコーラルの手をライオネスがにぎる。
にぎり返すことができない。
コーラルは屋敷に戻らねばならなかった。
使いのものが携えてきたのは、弟の婚姻のための条件だった。
縁談の相手はコーラルの邪眼を恐れていた。
彼女は教会の縁者であり、邪眼を憎んでいるといっていい。
邪眼のいる家に嫁ぐなどもってのほかだ。
条件はひとつ、コーラルの目の封印だった。
なにをするか。
コーラルは方法を思い出すだけでめまいがする。
目元をおおう鉄仮面をつくり、それをコーラルが生涯着けることが条件だった。
生涯着ける――使者たちにその方法を尋ねたことを、コーラルは後悔していた。
細工ものの木材と木材とを留めるように、鉄仮面と人間――コーラルとを留めようとするのだ。
使者たちの説明を思い起こしたコーラルは、思わずライオネスの指をきつくにぎっていた。



コーラル?


とっさに彼の顔を見上げていた。
気遣わしげな彼に、コーラルは胸が詰まった。
まだ陽は高い。
彼からもコーラルの表情は丸見えだ。
自分が涙ぐみ怯えた顔をしているだろうことは、コーラルにもよくわかっている。



使いが来てからずっと、様子が変だ


広場では儀式が終わろうとしている。
おなじくして降雪も止みかけていた。
新成人たちを言祝ぐ村人たちの流れに逆らい、手を引くライオネスに連れられてコーラルは広場から離れていく。



は……はなして……!


ライオネスは無言だった。
大股に進む彼に引きずられるように歩き、コーラルは人気のない場所までやって来ていた。



なにがあった?





なにって……なにも、そんな……


コーラルはうつむく。
彼になにもいわず、黙ってここを発つことを考えていた。
よけいなことは話せない。
取り繕って話そうとしても、きっとコーラルは彼には隠しごとができない。
コーラルはくちびるを強く噛んだ。
にじんだ涙を見せまいとしたが、ライオネスの指があごとらえ、コーラルの顔を上向かせる。



隠しごとが下手だ。嘘を吐くのも





う……嘘なんて





いわなければそれでいい、なんて考えてないか?


コーラルは身を震わせた。
彼の顔を見上げたまま、両の目から粒となった涙がこぼれる。



話してくれ


遠くから祭りを祝う音楽が流れてくる。
音楽に背を向けて、ゆるゆると歩き出したコーラルとライオネスは、商店の軒先にあるベンチに腰を下ろした。
使いの持参した条件を口にするのが怖かった。
背をなでるライオネスの手の温かさに、コーラルはゆっくり話しはじめた。



家からの、使いが……


口にした途端に質量を持ち、コーラルを圧迫する。
それを救ったのはライオネスの手の温度だ。
背をなでていたそれは場所を移し、コーラルの手をずっとにぎってくれた。
コーラルが言葉に詰まると励ますように指に力をこめる。
うつむき、ときおり涙を落とし、一通り話したコーラルは、顔を上げてぎょっとした。
こんなに怖い顔をするのか、と驚きのあまり涙が引っこむような表情のライオネスがそこにいた。



そんなこと、させない


低い声に、コーラルはくちびるを引き結ぶ。
使いが来たのなら、家の方針はもうかたまっている。
家はもう、コーラルの目を封印するつもりでいるのだ。



ザロイだったら、邪眼どころかほんとうに瑞祥なんだ。村でだって、誰もきみの目をおかしいものだなんていわないだろ?





だけど、ハミンズ家はザロイではなく、このマディスにあるんです。私はこの国のもので……家督を継ぐのは弟です。家は弟を優先します





なら、コーラルがザロイの人間になればいい


コーラルはぽかんと彼を見返した。
国外逃亡。
不穏な言葉が頭に浮かんで、コーラルは青ざめる。
国境に近いここからなら、不可能ではないだろう。
だが国外逃亡の時点でコーラルは重罪人になり、家族もまた厳しい取り締まりを受ける。



そ、そんな……そんなこと、そんな……





目を封じようなんて考えに取り憑かれてる連中の考えを、そうやすやすと帰られると思う?


ライオネスの声は真剣だ。



白も黒も全部赤だ、っていう連中に、白いものを白だって納得させるのは難しいんだ。連中は訂正されたいわけじゃない。どこから見ても赤ですね、こんなに赤くて大変ですね、ってみんなしていいたいだけなんだから





だ、だからって……国外逃亡なんて


きょとんとしたライオネスは、ややあって首を振る。



俺とザロイに行こう





ライオネス、と?





俺の国だ、不便はかけない


今度はコーラルがきょとんとする番だった。
コーラルの表情から察したのだろう、ライオネスは言葉をつないだ。



話して……なかったか? 俺はこの村のものじゃない





それは、聞きました





ザロイから来てるんだ。国境だから、もののやり取りに年に何度か来る





行商が来るというのは聞いて……





行商の団長が父なんだ。祭りの成人の衣装が、縁起物としてザロイで取引されるんだよ


みんなで丹精を尽くした品だ。
それを売り買いされるとなると、意外な気持ちになる。



儀式で祝福されてる品だからね、欲しがるひとは多いんだ。村の貴重な収入源だよ


聞こえてくる音楽に、太鼓の音が混じり出す。
ライオネスはコーラルの手を引いて立ち上がった。



祭りが終わったら……正式に話すつもりだった。俺は貴族じゃないが、それなりに大きな商人の家に生まれてる。きみの目をどうこうされる前に、話を進めよう





話を進めるって


コーラルは真っ赤になった。
――きみのそばにいたいんだ。
森を見下ろしながらライオネスが囁いた言葉を思い出す。



コーラル、一緒に行こう





わ、わたし





俺の妻になればいいんだ。国外逃亡なんかじゃない


うろたえてしまってコーラルは言葉出てこない。
嬉しい――なのに涙がこみ上げてきて、コーラルは顔をおおった。



泣いてないで、祭りに行こう。太鼓が終わったら、料理が振る舞われるよ


空気を震わせ太鼓の音が鳴り響いている。
コーラルはライオネスに手を引かれながら、祭りの場へと歩きはじめた。
