俺はいつものように馬車に揺られていた。今回の目的地はクラヌスのスカイライン付近の森。そこに、ここ最近の常連客が待っている……まあ、稼ぎは0に等しい…それどころかマイナスなのだが……。



タナイスト、最近機嫌いいな





そうか?


俺はいつものように馬車に揺られていた。今回の目的地はクラヌスのスカイライン付近の森。そこに、ここ最近の常連客が待っている……まあ、稼ぎは0に等しい…それどころかマイナスなのだが……。



その髪飾り付けてるってことは…いつもの貴族さんか?





まあな…てか、よく見てるな。キモ





そんな事言うなよなぁ…?うし、ついたぞ





行ってくる





へーへ……


馬車から飛び降り、俺は待ち合わせ場所へと走った…今まで、こんなことなかったのにな…それもこれも全部…



あっ、シルフ!こっちこっちー!!





ん……


森の一角、開けた広場のようなその場所に、前と同じように赤いフードを羽織ったアルマが待っていた……。
『仕事』と偽ってこいつと会うようになったのは、あの外交パーティーの後からだった。あの後も二三言話して、互いの迎えが来たわけだが…言葉巧みにあいつは俺の娼館の住所を聞き出し、1週間後には手紙が来た。全く、館主に中を見られなくてよかった…。



また遅刻だよ?





すまん。昨日の客が面倒なやつでな…なかなか帰れなかったんだ





そっかぁ…で、オシャレに時間をかけてきてくれたんだ?





オシャレ?言うほどしてないが





言うほどってことは、ちょっとはしてくれてるんでしょ?嬉しいな





む……と、友達…だから、な……





にへへ…


アルマはふにゃっと顔をほころばせ、俺の頭に手を伸ばした。



羽飾りも


少し青みがかった羽飾りに手を触れ、頬を赤らめる……この羽飾りは、ここで初めてこいつに会いに行った時に貰ったものだ。手作りなんだそうだ。デザインもなかなか良く、簡単につけられるため非常に気に入っている…最も、アルマに会いに行く時以外付けてないが。



割と気に入っててな。それに、飾りっけがあった方がマシに見えるだろ?





マシって…どんな格好したって、シルフは綺麗だよ、きっと





……お前さぁ…それむやみやたらに女に言うなよ…?





え、なになに嫉妬?





違えよ。天然タラシだって言いたいんだ





天然…たら…?鱈美味しいよね!





……お前はそのままでいい…





?





で、今日は何するんだ?





あっ、えっとね、今日はーー


そのまま半日ほど一緒に遊び、俺は僅かな休息から地獄へと戻る。でも、アルマと会うようになってから、いくらか気持ちが楽になった。日常が地獄なのに変わりはないが…それでも、以前よりかは救われている気がした…。
しかし、俺がやっと手に入れた安息は、予想していたより早く取り上げられることになったーー。



シルフ、最近はずいぶん充実しているようじゃないか?





………そう見えますか?


ある日のこと、俺は館主に呼び出された。理由は薄々感づいている。館主の手には、アルマからの手紙が握られていた。



ああ。お前は気づいてないかもしれないが…傍から見てよく笑うようになった





………そうですか





ああ、そうだ。何かいいことでもあったのか?





………いえ、何も





まだシラを切るつもりか?


怒りを抑えるように話していた館主だったが、どうやら限界のようだ。手紙を床に投げつけ、俺の首を掴み、その場に押し倒した。後頭部を激しくぶつけ、喉に加えられた圧迫感に息が詰まる…意識が飛びかけたがなんとか耐えた。



最初に言ったはずだ。特定の相手を持つなと





が……ぁ…!!





しかも、金一枚も取らずに、だと?お前はバカか?こんなことがほかの客に知られればどうなるか…特にお前は!


首にかけられた手に力が込められる…呼吸ができず、自然に涙が零れた。



お前はこの娼館の花だ。わかっているのか?お前は誰の色にも染まってはいけない…誰のものにもなってはいけない…この意味が、わかるか?





かん……しゅ、……やめ………やめて、くだ…さ…!!


何とかそれだけ言うと、館主は首から手を外した。俺は酸素を求め、喘ぐように呼吸を繰り返した…。しかし、休む暇もなく館主は俺の髪をつかんで無理やり立たせ、そのままベッドへと投げ飛ばした。



っ……!!


縁に思い切り顔をぶつけ、口の中に鉄の味が広がる…倒れ込んだ俺の上に、館主が馬乗りになり、襤褸切れのような服を破き始めた…。



か、んしゅ…!!





お前がどんな立場の魔族なのか、再確認させてやる…覚悟しておけよ?





館主…!待って、やめて、やめてください…やめてください…!!


館主が娼婦や男娼を犯す…それは、俺はもちろんほかの奴らもひどく恐れていたことだ。館主に犯される…それはつまり…。



お前は俺の人形だ。俺の言うことを聞いて、黙って犯され続ければいい…


それからのことは…あまり記憶にない。ただ、殺されると思ったことは覚えている。このまま嬲り殺されるのではないか、と。その間に、俺の中で何かが壊れてしまったようだ。嘘の笑みが得意だったはずなのに、それすらもできなくなってしまった。
その日以来、俺の元にアルマからの手紙が届く事は無かった…アルマからもらった羽飾りも、館主に取り上げられてしまった。
