仕事を終えた真夏は、日野に連れられ、古いラーメン屋にやってきた。
年季の入った引き戸を、日野が勢い良く開ける。
仕事を終えた真夏は、日野に連れられ、古いラーメン屋にやってきた。
年季の入った引き戸を、日野が勢い良く開ける。



へい、らっしゃい!





いらっしゃいませー


カウンターのみの小さな店である。
そのカウンターの奥で、店主らしき人物と、セーラー服にエプロンをつけた少女が出迎えると、日野は何故か怪訝な顔をした。



あれっ、大将、バイト雇ったの?





娘だよ。小遣い欲しいっていうから、
今日から店手伝わすことにしたんだ。





えっ、大将、結婚してたんすか!?


日野と店主は顔馴染みのようであるが、娘が店にいるのは初めてだったようだ。



莉子です!
宜しくお願いします





大将に似なくて可愛い娘さんっすね!!





おう、手ぇ出したら、殺すぞ





……


店主のドスの聞いた声に日野が固まる。
その間に、ラーメン屋の娘、莉子は、真夏に声をかけてきた。



はじめまして、莉子って言います!
お客さん達は常連さん?





あ、いえ。
先輩はそうみたいですけど、
僕はこの秋から異動でこっちに来たので……





……


ほんの少し、莉子が考え込む表情を見せる。



お客さん、もしかしてお巡りさん?





えっ……どうしてそれを?





なんかそんな感じしたので!





そんなこと、初めて言われましたよ。
いつも、まさかの警察! なんて
からかわれてばかりで……





そんな、言い過ぎですよ~





まあ、それは単に名前のせいもあるけど……


動揺する真夏に、莉子は人懐こい笑みを見せる。



じゃあ、手錠とか警察手帳とか
持ってるんですよね!
私、一回見てみたかったんだ~





いえ、そういうのは仕事中以外
普通持ち歩きませんよ





えっ、そうなんですか?
ドラマの警察官とかは
プライベートで事件に遭遇しても
「私こういう者なんで」って
手帳出して首突っ込んでるのに





あはは、そういうのはドラマだけですね


一般人の警察のイメージはどうしてもドラマが基準になるが、実際は雲泥の差である。出先で事件に遭遇しても、現地の警察と協力して捜査したり……などということはない。
黄色いテープを張ってる制服警官の横を通り過ぎようとして、



こら、一般人は入っちゃいかん!





私、こういう者です





はっ……こ、これは失礼しました!
お疲れ様です!(敬礼)


なんて水戸黄門の印籠的な使い方などできないのである。もちろん、巡査だろうが警部だろうが同じことである。



こら、莉子。
お客さんのプライベートを
詮索するもんじゃない





あ、ごめんなさい!





お前もバカ正直に答えんなよ。
警察だなんて公言するもんじゃないぞ





す、すみません。つい……





なりたての頃大声で自慢してたお前が
いっちょ前に先輩風吹かすようになったな





大将~
昔の話は勘弁して下さいよ~


きまずそうに、日野が頬を掻く。



先輩にもそんな時代があったんだな……


などと真夏は微笑ましい気持ちになっていたが、日野はあまり話題にされたくないらしく、さっさと話を変えてきた。



そんなことより、聞いてよ、大将、莉子チャン。
こいつさ、まさかの人物なんだぜ!!





ほう?





えっ、何?
どう凄いんですかー!?





あ、いやそれは、単に僕の名前が……





ま・さ・かの
佐藤真夏くんです!
すげーまさかの名前っすよねー!





はっはっは、そりゃーまさかだな。
そのうちまさかの手柄を上げて
まさかの先輩越えを期待してるぜ!





まさか~そりゃないっすよ~





……。





私、素敵な名前だと思います!





あはは……子供の頃からいじられ慣れてるし気を遣わなくていいですよ





ね、佐藤さん。
最近、友達が痴漢被害に合っちゃって。
犯人、絶対捕まえて下さいね。


警察官――刑事と言っても、犯人を捕まえるだけが仕事ではない。もちろんそれも仕事ではあるが、あくまで仕事の一部というだけで、普段は普通の会社員と同じで、署に出勤し、決まった仕事をする。新米の真夏は掃除お茶汲みもする。
とはいえ、期待に満ちた瞳の少女に、わざわざそんなことを教える必要もないだろう。



……そういう人が減るように、
頑張って仕事しますね。


無難な言葉を返す真夏であった。
